東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9019号 判決 1964年1月18日
原告 立野砂利工業合資会社
被告 山田正治 外一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告山田正治は、原告に対し、別紙目録<省略>二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡せ。被告沢秀治は原告に対し、前項の建物から退去して前項の土地を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。
「原告は別紙目録一記載の土地(以下本件土地という。)を所有しているところ、被告山田は右土地上に別紙目録二記載の建物(以下本件建物という。)を所有し、被告沢は右建物に居住して、それぞれ本件土地を占有している。
よつて原告は、所有権に基き、被告山田に対しては本件建物を収去して本件土地を明渡すこと、被告沢に対しては本件建物から退去して本件土地を明渡すこと、求める。」
被告山田は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因事実は全部認める。しかし被告山田は正当な権原にもとづいて本件土地の占有をなしているものである。すなわち、被告山田は昭和二四年二月頃訴外阿久津厚より同人の有していた建物所有を目的とする本件土地についての賃借権の譲渡を受け、賃貸人たる訴外麹町運送株式会社の承諾を得、同年四月頃右土地上に本件建物を建築したものである。
原告会社代表者立野市郎は、昭和二三年に麹町運送が創設されて以来、同会社の株主になるとともに監査役、取締役を歴任し、昭和三一年一一月に右取締役を退任するに際して、本件土地を同人の代表する原告名義で買受けたものであるが、被告山田が本件土地の賃借権を阿久津より譲り受け本件建物を建築するについては麹町運送で重役会議にはかつてその承認を決めたのであつて、立野は同会社の重役の一員として右承認に加わつたものである。また原告は戦前より戦後を通じて本件土地の隣接地に借地権を有し、ここで砂利商を営み、右土地をも本件土地と同時に麹町運送から買い受けたのであつて本件土地で被告山田が食品製造業を営んでいることを熟知していた。
従つてたまたま被告山田においてその所有の建物およびその敷地の賃借権につき登記をしていなかつたからといつて、原告が同被告に建物収去、土地明渡を求めることは許されない。」と述べた。
被告沢は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として「請求原因事実は全部認める。被告沢は、昭和三五年に被告山田から本件建物の留守番および工場管理を依頼され、同年以降右建物に居住している。被告山田は本件土地に借地権を有し、右は原告に対抗しうるものであり、その詳細については被告山田の主張を援用する。」と述べた。
原告訴訟代理人は、「被告らの抗弁事実のうち、原告代表者立野が麹町運送の株主であり、監査役、取締役を歴任し、昭和三一年一一月に同会社取締役を退任する際、原告が本件土地を同会社から買受けたこと、原告は従来本件土地の隣接地で砂利商を営んでいたが、その土地をも本件土地とともに麹町運送から買受けたことは、認めるが、その余の事実は不知。仮りに被告山田が本件土地につき賃借権を有していたとしても、原告が本件土地を麹町運送から譲受けその所有権移転登記手続をした昭和三一年一一月七日当時は、本件土地につき賃借権の登記もなく、また本件建物につき保存登記もなされていなかつたのであるから、その賃借権をもつて原告に対抗しえないものである。」と述べた。
証拠<省略>
理由
原告が本件土地を訴外麹町運送から買受けて所有権を取得したこと、被告山田が右土地上に本件建物を所有し、被告沢が右建物に居住して、それぞれ本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。
そこで被告山田の本件土地の占有が正当な権原によるものであるか否かについて判断する。
証人阿久津ツネおよび被告山田正治の各供述ならびに右両名の供述により真正に成立したと認められる乙第三号証の一ないし三、および被告山田正治の供述により真正に成立したと認められる乙第四号証、乙第五号証の一、二、乙第六号証を綜合すると、被告山田は昭和二四年二月頃建物所有を目的とする本件土地の賃借権を前賃借人の阿久津厚から譲り受け、その頃賃貸人であり土地の所有者であつた麹町運送の承諾をえたことが認められる。
新に原告が本件土地の所有権移転登記手続をなした昭和三一年一一月七日当時には、被告山田として本件土地についての賃借権の登記もせず、また地上の本件建物につき保存登記をもなしていなかつたことは当事者間に争いがないけれども原告が本件土地の隣接地で戦前戦後を通じて砂利商を営んでおり、本件土地を買受ける際右隣接地をも買受けた事実および原告代表者立野市郎が麹町運送の株主であり、監査役、取締役を歴任していた事実は当事者間に争いがなく、阿久津ツネおよび被告山田正治の各供述ならびに成立に争いのない乙第一号証および被告山田正治の供述により真正に成立したと認められる乙第七号証によると、麹町運送は昭和一九年九月一日に砂利商が集つて設立された会社で、設立に加わつたほとんどの砂利商が重役となり、立野は昭和二四年二月当時は監査役であり、昭和二七年五月二九日から同三一年一一月一四日まで取締役であつたこと、被告山田が阿久津より本件土地の借地権を買受けた際には麹町運送では重役会議にはかつて承諾の可否を決めることになつていたこと、被告山田は、昭和三一年一一月に麹町運送の社員から本件土地の所有者は原告に変つたので地代は原告方に持参するよう申し渡され、原告方に持参したところ、立野は最初は地代の値上を同被告が承知すれば、受領してもよいかの如き口吻を洩らしたが、結局その受領を拒絶し、土地の明渡を求めるに至つたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
これらの事実を綜合して認められる、原告は本件土地の所有権を取得するについては、右土地が原告方の敷地と地続きでもあり、右土地上には被告山田が数年に亘り本件建物を所有し、右建物に居住していたことを熟知していたのみならず、原告の代表者立野は、被告山田が本件土地の賃借権を阿久津から譲受けるのを麹町運送が承諾した際の同会社の監査役として、またその後は特に取締役として、右の賃貸借の事実を承知し、賃貸人たる麹町運送が賃借人たる同被告をして本件土地を使用収益させるべき義務を実行すべき立場にあつたものであり、しかも立野が麹町運送の取締役を退任するにあたつて原告の代表者として本件土地を譲受けたことと考え合せ、原告は被告山田が本件土地に賃借権を有するにつき、対抗要件が存在しないと主張して取引の安全に寄与すべき登記制度による保護を受けるのに値しないものということができる。
よつて被告山田は本件土地の借地権をその登記もしくは地上にある本件建物につき保存登記なくして、原告に対抗しうるものであるというべく、同被告に対し建物収去、土地明渡を求める原告の請求は理由がない。
なお、被告山田正治の供述によれば、被告沢は被告山田の依頼を受けて本件建物に居住し、その留守番をなしていることが認められ、被告山田の借地権は原告に対抗しうること前判示のとおりであるから、被告沢に対する原告の建物退去、土地明渡の請求が理由のないことも明らかである。
よつて原告の請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉岡進)